【俺だけの世界に貴方を閉じ込めて】


聞きなれた足音が聞こえてきた。足音は近づいてきて、部屋の前で止まる。
一瞬の間の後、扉が開いた。
「元気にしてたかぁ、大神?」
口の周りに皺ができるほど笑って、加山は久しぶりに親友に会うような口調で言う。
「何が元気にしてたか?だ…はやくここから出せっ」
自分のどこにこんな声を出す力が残っていたのかと思うほどの大声が出た。
それに気を強くして、全身の力でもがいてみるが、俺の体を縛り付けた椅子はびくともしない。
「すまんなぁ…もう少しだけ待ってくれ。もう少しで全てが片付くから」
(全てが片付く…?)
訳が分からずに言葉を失った俺に、加山は俺の目の前まで歩み寄ってきた。
俺と加山の顔の間には僅か30cmほどの間隔しかない。
「大神の死後処理だよ。それさえ終わったこんなところから出してやるからな。
そうだ。許可をもらって、家を買ったんだよ。近いうちに一緒に住もうな?」
加山は嬉しそうに語る。
俺の為の部屋もあるとか、でも、ひとつのベッドで眠りたいとか・・・
しかし、俺の頭は何気なく使われた【死後処理】という言葉で占められる。
「死後処理…?」
「言ってなかったか?大神は死んだことになっているんだ。
最初は花組のみんなも信じてなかったけど『人の噂も七十五日』っていうだろう。
今はもうみんな元気にやってるよ」
「うそ…だっ」
声が情けないほど震えた。
「嘘じゃないよ。大神のしていた仕事も一部引き受けているから、忙しくて忙しくて…
こんなに時々しか会いにこれないんだよ…」
加山は心底悲しそうな顔をする。
「でも、もう少しだから、ここでいい子で待っていて…」
そのまま加山の顔が近づいてくる。
「やめろッ」
「なんで?俺とキスするのあんなに好きだったのに」
熱い吐息が鼻にかかる。
「今のお前は…俺の知ってる俺じゃない!!」
俺の言葉に加山は僅かに目を見開き、しかし、すぐに感情の読めない表情に戻った。
「違うよ。大神が俺を知らなかっただけだ…」
声には愛しさがこもっていた。
唇が押し付けられる。
椅子に縛られたままの俺に腰だけを曲げて−
体はどこも触れ合っていなかった。
そのことが物足りなさを呼び、自分から舌を差し入れた。
夢中になって舌を絡める。
「…んッ…ぁ」
顎を伝ってどちらのか分からない唾液が流れ落ちた。
たっぷりと数分、貪るようにくちづけて、加山の顔が俺から離れた。
「愛している。大神…」
「俺は愛していない!」
「分かっているよ」
加山は悲しそうに笑い、俺に背を向け歩き出した。
何か言いたい気持ちに駆られて、でも、言葉が紡げない。
そうしている間に、加山は扉に手をかけて、もう一度言った。
「愛している…」

その言葉には神への祈りのような真摯さが込められており、
扉が閉まり、足音が聞こえなくなっても、俺の心に響き続けた。








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