【夜明け】


思い立ったことがあって、ベッドのどちら側で寝るかを交代した。
加山は「いつもの方が落ち着くのに…」などと言っていたが、
俺が粘って頼み込むと折れてくれた。


明け方の夢を伴ったまどろみを覚ますように、
ベッドのスプリングが沈み、僅かな音を立てる。
そして、俺を跨ぎ越す気配。
「んっ…」
重い目蓋を無理やり僅かに開くと加山はベッドを降りたところだった。
俺の僅かな身じろぎに気づき、振り向く。
「起こしてしまったな。すまん…」
起きたてとも思えないような爽やかな微笑を浮かべて。
「いや、いいんだ…」
加山の立てた音や気配は本当に僅かで、俺が目覚められたのは
海軍士官学校でいつでも起きられるように叩き込まれたのと、俺自身が意識していたからだ。
(これは俺の望んだことだから−)
時計を見やるとまだ4時過ぎ。
「もう任務か?」
それしかないと分かっていつつ聞いてしまう。
「あぁ」
体に鉛を詰め込まれたようなだるさを感じつつ上半身を起こす。
昨夜はそんなに疲れるようなことをしたのだろうかと
働かない頭で考える。
(あぁ、日付が変わってからだったんだな…)
なら、睡眠時間は2、3時間ってところか。
(疲れが取れていないはずだ)
深く長く息を吐く。
「まだ、寝てろ」
優しい声。
着替えの手を止めて、俺の髪を梳く大きな手。
「…うん」
あまりにも眠いので素直に頷く。
もう一度ベッドに横たわる。
加山が寝ていた方に手を伸ばすと僅かなシーツの皺と共に
暖かさがまだ残っている。
すぐに眠気が襲ってきたが、まだ眠るわけにはいかなかった。
だから、加山の気配に意識を集中させる。
俺に気を遣っているのだろう。
足音は全くしない。
隠密活動を主とする月組の隊長だ。
そういうこともできるのだろう。

「なんだ、まだ起きていたのかぁ」
いつの間にか加山はベッドの傍にいた。
加山を見上げると視線が交わった。
「今晩からはやっぱり元に戻さないか?」
気遣わしげな声。
「…駄目だ。」
「何故?」
「俺が見送りたいから…こっちがいいんだ」
(壁側に寝ていたら、お前は俺が気付かないままに出て行ってしまうから−)
思わず口走ってしまう本音。
加山はにやっと笑って、
「そうかぁ。大神の眠りを妨げるようなことはしたくはないんだが、
その気持ちは嬉しいから…このままにしておくか」
「そうしてくれ」
俺も微笑み返す。
加山は目を細めたかと思うと、身をかがめくちづけてきた。
唇と唇が軽く触れ合うだけの接吻。
立ち上がった時、加山はもう厳しい顔をしていた。
「じゃあ、行ってくる」
「また、あ…いや。また、今晩」
”また後で”と言いかけて、言葉を変えた。
”後で”なんて曖昧な言葉は使いたくなかった。
(今晩、また必ず会おう−)
加山が危険な任務についていて、身の安全の確証がないからこそ
こう言いたい。
俺の気持ちを汲んだように加山も
「また、今晩。必ず−」
と言い残し、部屋を出て行った。


扉の閉まる音がした途端、意識はまどろんでいく。




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